[PR]当たる!無料占いで仕事鑑定:大人気!無料占い『スピリチュアルの館』

しょうせつ

Novels

AliceBandsCrossover

「feelingII - 伝えたい世界がある」 投稿作品

 1.

「地平線、見たことある?」
 傍らを歩く少女がそう問い掛ける。肩にかかるくらいの茶色の髪、そこに巻かれたちょっと幅が広めの、青い、レースのついたヘアバンド。同じく茶色の眉の下には、青みがかった瞳。透き通るような白い肌。平均的な身長の僕よりも頭一つ小さいくらいの彼女は、ヨーロッパ系の血がその体に四分の一程流れているらしく、顔立ちそのものは割と日本人的なのに、全体的に色素が薄くて、あえかな印象を漂わせている。
 その彼女の質問には、僕はゆっくり首を横に振って否定を表明。
「じゃあ、水平線は?」
 それはある。ゆっくりと首を縦に振って、肯定。付け加えるように。
「地平線は、日本じゃ見るのは難しいよ。水平線なら海に行けば見られるけど。僕は、そう旅行もしないし、海外経験なんて以ての外」
 だから、君みたいに地平線を見たことなんてないんだ──。
 心の中でだけそう続ける。だけれども、彼女はそんな僕の心を見透かすように、
「あ、ううん、違うの。別に、そういうつもりじゃなくって」
 首を傾けて、彼女の顔を覗き込むようにして、訝しむような、否、まさに訝しんだ視線で以って彼女をじっと見据える。
「っと……」
 するとどういう訳か、そわそわとしばらく視線を泳がせて、そしてちら、と顔を背けてしまった。何をどう勘違いすればそういう反応ができるのか知る由もないけど、彼女はそういう性格なので僕も追求したりしない。
 視線では理解してもらえなかったようなので、今度は「じゃあどういうつもりだったんだ?」という意味合いを込めて、回り込むようにして彼女の顔をもう一度覗き込んで、見据える。
 今度は僕の意図を理解したのか、それでももじもじと、口をしっかり開かない曖昧な声で答える。
「とね、地平線、水平線があって、だよ」
 ちょっとくせのあるセミロングの髪をいじりながら、もごもごと、曖昧な声で。それじゃ聞き取りづらい。
 このまま見据えたまま──あるいは彼女にとっては見詰められたまま──話を続けるのは、どう考えても効率的ではないので、僕は顔を離して隣の位置につき、前を向いて時折様子を伺う程度に視線を送るようにする。
「例えば、この大地と空を分かつのが、地平線、海と空を分かつのが、水平線」
 僕の視線から解放されると、はきはきと喋り出した。どういう訳か少し納得がいかない。
「じゃあ、例えば──」
 そこで言いかけて止まる。何かをじっと見詰めるようにして。
 ふと彼女の視線の先へ向いてみる。

 そこには、

 何も、

 ない。

「?」
 刹那の後、彼女は続ける。何もなかったかのように。
「例えば、ここと」
 言いながら、彼女は自分を指差して、「手前側」を示す。
「向こう」
 そして、言いながら、今度は自分の目の前、少し離れたところを、ジェスチャーして示す。「向こう側」ということだろうか。
「その、間」
 そして、「手前側」と「向こう側」の間を指差して、左右に振り動かすようにして、線を引く真似をする。
「こっちと、向こうを分かつ境界があるとしたら」

 そして僕の方を向く。とても、それはとても真剣な顔をしていたと思う。

「それは、何て言うんだろう?」

 2.

 学校帰りのいつもの道、いつもの坂の途中。
 彼女がそう言ったのは、ええといつだったろう? 七月の十九日だから、だいたい二ヶ月半くらい前、か。
 新学期が始まって、いつものように一緒に登校しようとした僕は、彼女がいなくなってしまったことを思い出し、最後に彼女と一緒に下校したときのことを思い出した。
 そう、七月十九日、一学期最後の日。賑やかな蝉の声に、夏の熱い日差しの下、一緒に坂を帰った日。
 彼女の話を聞いた僕は、とても冗談のようなその話を聞いた僕は、そこでどう答えたんだったか。

「まるで御伽噺だな」

 そう、そこで彼女が「あー、ひどーい!」なんて言って僕の胸を叩いて。
 二人して笑いながら。そこで終われば、彼女の言葉もただの冗談だったと言えたのに。
 その翌日に、彼女は──

「いなくなった」。

 夏休みの間、二人で遊ぼうと思っていた。
 僕と彼女は別に特別な関係でも何でもない。ただ、お互い近所に住んでいて、それから、クラスが一緒で席換えで隣同士になってそこで仲良くなって、確かそのとき初めて近所に住んでたことを知って、それで一緒に帰るようになって。気付いたら登校も一緒にするようになっていて。そして、いつの間にか僕の生活の一部になっていた。
 街に一緒に遊びに行ったりしたし、宿題やテスト勉強を一緒にしたこともあったっけ。
 いつもの坂道を、隣にいたはずの相手のことを考えながら、登っていく。

 ──何処に行ってしまったんだ、君は。

 特別な関係では、なかった。
 だけど、僕はきっと、そうじゃない。そのままで良いなんて、考えてなかった。特別になりたかった。
 でも、彼女はいなくなった。一体、何故? 一体、何処に? 文字通りの行方不明。僕は彼女がいなくなった翌日、心当たりのある場所を探した。探して探して、とうとう、彼女は見つからなかった。
 夏休みの間、僕はやる気なく、日々を怠惰に過ごしていた。一緒に遊ぼうと思っていた相手がいなくなった。だから行きたかった場所も──例えば、見たかった映画も、欲しかった服も──全部、何もかも、興味がなくなってしまった。そうして無気力に、日々を過ごした。
 今日から、新学期。夏休みの登校日には、僕は欠席したのだけど流石に引きずり過ぎかもしれないと思って、僕は学校へ向かう。いつもの学生服に身を包み、いつもの背負い鞄を背に、坂道を歩いていく。
 ふと気付く。彼女と、「地平線」の話をしたときの場所。立ち止まって、辺りを見回してみる。
 あのとき。
 彼女は確かに何処かを見ていたんだ。

 ──でも、一体何処を?

 ぼうっと、彼女が見ていた方向へ視線を移す。
 ガードレール。
 その向こう側に広がる街。それと空を隔てるスカイライン。その上に広がる青い空。

 ──何がある? 他に、何がある?

 分からず僕は俯いて──、
 俯いて、そのとき、そこに砂埃に汚れたヘアバンドがあることに気付いた。何でこんなところにこんなものが、と思うより早く、僕は、心臓を掴まれるような感覚を憶えた。
「っ、これ──」
 幅広のそのヘアバンドは、いつもよく見る、青い、レースのついたそれ。そして、いつだったか「えへへー、不思議の国のアリスみたいでしょ?」だなんて、誰かが僕に見せてくれたものだ。
 その彼女のヘアバンド。鮮やかな青色で、両側に控えめに白いレースで装飾された、ちょっと幅の広いそれ。今は砂埃にくすんで汚れたそれ。
「何で、こんなところに……」
 僕は屈み込み、それに手を伸ばす。そっと指先が触れようとしたとき、

 不思議のアリスのヘアバンドは、

 ふっと、消えた。

 3.

「!?」
 ただ、ただ、
 驚くというよりも、時が止まったかのように、その場で硬直するだけ。
 そして、はっと気付いたときには、まず自らの眼を疑ってみた。
 見間違い……?
 まさか。確かにそこにそれはあった。仮に見間違いだったとして、そのときの消え方はどう説明すればいい? まるで氷が溶ける様を早送り再生するように、すっと形が崩れて消えた、その消え方はどう説明すればいい?
 だけど、自らの眼で見たものを事実として受け止めるとして、じゃあ消えたヘアバンドは何処に行ったのか。質量保存の法則に反する事象がたった今目の前で起こった。果たして、正しいのは幾重にも積み重ねられた自然科学の法則なのか、それとも今起こったことを捉えた自分の眼なのか。
「……幻、とか」
 言っていて自分が馬鹿に思えた。まるで御伽噺──。

「──!」

 おとぎ、ばな、し……?

 彼女が話したその話。今消えたヘアバンド。
 自分でも馬鹿馬鹿しいと思うけれど、例えば、その御伽噺のような事象が、現実にあるとして。いや、ヘアバンドに関しては、多分、本当に起こったことだと思う。白昼夢でないとは言い切れないが。
 でも、だからこそ、それが事実だとして。
 こちら側と向こう側、というものがあって、それらを分かつ境界があって……それも事実だ、現実にあるものだ、
 ……そう考えてみる。
「……向こう側に、行った……そういうことなのか?」
 呟くように、誰にでもなく尋ねるも、当たり前だけれど返事はない。
 でも。多分そういうことなんだろう。向こう側っていうのが何であるかも分からないし、どうやってそこへ行くのかも見当がつかない。つかないけれど。
 消えたヘアバンドの辺りにしゃがみ込んで、その辺りに手を伸ばして、他に何かないか探してみる。
 何も、ない。
「何で、気付かなかった?」
 そう、何もない。
 小石も、雑草も、蟻の一匹も、何もかも。
「何で、こんなにおかしなことなのに、今まで気付かなかったんだ?」
 指先で触れようとしてみる。
 その指が空気の中に溶け込むように、第一関節から先が見えなくなった。
「!?」
 ゆっくりと指を引き抜くようにすると、爪の先までがはっきりと目で見えるようになった。
「これ……」
 今度は躊躇わず、一気に手を伸ばす。
 指先が、手首が、腕が、空気の中へ溶け込むように消えていく。そうして肩が入り、そのまま胴も入り込み、そして頭が、足が、その中へ。

 僕はその日、「いなくなった」。

 4.

 下に向かって手を伸ばした僕は、下にある穴に降りるように、その世界へとやってきたつもりなのだけど、気付いたら僕は穴から這い出るような形で、その世界へとやってきていた。
 その世界。つまり、今僕がいる、この世界。
 ここはどこだろうか?
 学校へ向かういつもの道、いつもの坂の途中から、僕はよく分からないところにやってきていた。そこは、まるでエッシャーの騙し絵のような……例えば、階段を上っていくと何故かその階段の最下段の手前にある入り口の隣に辿り着くような建物であるとか。いや、それだけじゃなく、よくよく見ると不自然なものが至るところにある。
「ようこそ、不思議の国へ」
 後ろから声を掛けられ、びくりと驚き、振り返る。こういうのを不意打ちと呼ぶ。
 そこにいたのは、小さな小さな少女。僕らのいた場所では、小学生中学年くらい、と言えばいいだろうか。それくらいの少女。でも顔はどう見ても中学生以上。判断に迷う。
 ……ところで、ショートボブの頭の上でひょこひょこと揺れる髪の毛が気になるが……触覚?
「何じろじろ見てやがりますか」
「やが……?」
 訝しげなというよりもまさに訝しむその視線で以って僕をじっと見据えるその少女は、可愛らしい顔には到底似つかわしくない粗暴な口調で以って僕を尋問するようにそう言った。確かに、そう言った。いや、そんなことよりも。
「ここ、不思議の国って言ったけど……それって一体──」
「不思議の国は不思議の国。それ以外の何物でもある訳ねぇだろこの馬鹿ヤロー、です」
「!」
 ちょっと殴ってもいいだろうか、と誰かに尋ねたくなった。プチ殺意?
「……つまるところ、不思議な世界、ってこと? 僕がいた世界ではないことが確かなのは分かるとして」
 怒りを抑えて平静を保とうと努める。悪意はない、きっと悪意はないんだ、と言い聞かせて。
「ついてきやがってください」
 少女は投げ遣りに、それでいて丁重に、そう言って歩き出す。
 ……もう口調は受け入れることにしよう。あるいは、これも不思議な世界だからこそなのか。取り敢えずは、少女についていく。
 ……歩きながら辺りを見回してみる。
 不思議の国。確かに、空間状態が不思議なところだ。というか、不思議と言わずに他に言いようがない。前を歩いていた人が気付いたら後ろから現れたり、上にいたはずの人が、階段を上ると何時の間にか下にいたり、真っ直ぐ進んでいるはずなのに何時の間にか右手にあった建物が左にあったりする。
「ここでは、『向こう』の常識は殆ど通用しないと思いやがれ、です。例えば、青信号で進み、赤信号で止まる、それが交互に繰り返される、などといった常識は、とっとと捨てちまった方が懸命だってことですけど、分かりましたでしょうかこの低能、です?」
 ……。
 いろいろとツッコミたいところが幾つかあるのだけど、それも全てここが不思議世界だから、か? むしろ理不尽さをさえ憶えるけれど……この際、それは眼を瞑るべきか。
「……その信号の比喩は、つまり例えば、赤信号からまた赤信号に『変わる』こともあるし、赤信号なのに止まるのではなくて進むべきな場合もあるってこと?」
「その通りです」
 というか、もしかすると、見る角度で信号の色が変わったりするかもしれない。
 どうやら今いる世界はそれくらい妙なところ、らしい。

 5.

 どれくらい歩いたろうか。空間感覚がそろそろ麻痺してきた。空間感覚が狂っているので、正確な距離も分からない。そういえば僕は何をしにここへ来ていたのだろう?

 ……そうだ。

 僕は彼女に尋ねてみる。
「ここに、ちょっとくせのある、これくらいの髪の女の子は来なかった? ええ、とそれだけじゃ分からないか。肌が白くて、目が青くて、髪が茶色くて、欧米人の特徴を持った東洋人、みたいな感じなのだけど」
 身振り手振りを交えつつ。そういえばこの子はどこの人なのだろう。東洋人にも見えるし、欧米人にも見えなくはない、といった顔立ち。普通に日本語で会話をしているけれど、空間状態が常識外にある今、目に映るものも耳に聞こえるものも、現実世界のそれの通りだとは限らない、ってことになるのだけど……。
 いや、厳密に考え始めると身動きが取れないか。こちらから伝えようとした内容も、全く正確に伝わらないということになってしまうから。
 で、
「残念ながら人探しは私の仕事じゃないです」
 肝心の答えはそっけないものだった。
「そっか……」
 身も蓋もないけれど、それじゃどうすることもできないので、大人しくここは諦めることにした。
 ところで、景色については、なるべく深く考えないようにしていたのだけれど、今階段を降りている。地下に向かって降りているのだけど、いつの間にかに、どこかの建物の屋上に通じる階段から最上階へ降りてきていた。
「ここです。入りやがってください」
 最上階の通路から、豪奢な構えの扉、に見えるそれのドアノブを握り、ところが彼女は引き戸のようにそれをスライドさせていく。それがまるで当たり前のように。
「……もう、訳分かんないし」
 思わずそう呟いた僕の目に飛び込んできた景色は、本当に訳がわからなかった。まず目の前に欄干があって、その向こうに、俯瞰図。そう、俯瞰図。俯瞰図の……公園。ところどころ見える点は人の頭だろうか。茶色い点や黄色い点もある。染めているのか地毛なのかはここからじゃとても判別できないけれど。
「何、これ」
「公園」
「見れば分かるし。ってそうじゃなくて、何でこんな訳分かんないことになってるのかっていうこと」
「ここが不思議の国だからですよ。初めにそう言ったじゃないですか。もしかして本当に低脳でやがりますか?」
 僕はただ、頭を抱えるしかなかった。
「と、いうのは冗談です。ここは、ですね。簡単に言うとこの世界を一望できるところです。向こうを見やがってください」
 指を差す方向にあるのは、大小不揃いなビル群。
「さっき昇ってきたのはあれです。それから──」
 次に指差したのは、幅の広い道。両脇にあるのは様々な店。僕が確か初めにここに来たところだろうか、でもここから見ると随分違って見える。
「この世界は、ですね。ご想像しやがっている通り、見る角度や、見るときの心理状態、その他様々な要素が絡み合って、その結果が視界に反映される、そういう世界です。音の伝達もこの視界の影響を受けますが……それで意味が変わったりすることは、ないですよね。どこから聞こえるか、そこに違いは生まれるでしょうけれど」
 ……なるほど。
「逆に言うとですね、他人がどう考えているか、他人が景色に対してどういうリアクションを取ったか、その反応からある程度探れるのですよ」
 それはつまり、たった今僕が思ったことにそのまま答えるような返事。
「あくまである程度ではありますが」
 そして付け加えるように。でもそれさえも、僕に浮かんだ疑問に対しての答えになる。
「……」
 沈黙。僕には、取り敢えず今の状況を受け入れる以外の方法は選ぶことができないらしい。そうであるなら、受け入れるしかないんだろう。
「さ、戻りましょう。この世界の説明が済んだところで、私の役目はお終いです。新しく来た人に面倒くさいですが説明しなきゃいけません」
 さも面倒くさそうに、僕を外に出るように促す。
 ……待てよ? それじゃ、
「ここに来る人皆にそうやって説明しているの?」
「だいたい私が説明しています。面倒くさいですが」
 ということは、
「さっき、人探しは役目が違うって言ってたけ……」
 ところが、その少女は、そこまで言い掛けたところで、
「さようなら、またの機会にお会いしましょう」
 と言って、そしていつの間にか「いなくなった」。

 6.

 その「展望台」を後にして、途方に暮れながら僕はその世界を歩いていた。そう言えば、入り口はどこだったろうか。
 ……まぁ、いいや。歩いている内にどこだったか思い出すだろう。分からなければ最悪展望台で地図でも作ろう。
 そんなことをただ徒然に考えていると、ふと。
 視界の隅にそれが入ってきた。
 ほんの、ほんの一瞬だったけれど。

 ──くせのある茶のセミロング。
 ──それをまとめて置くための、白いレースを控えめにあしらった青色のヘアバンド。
 ──透き通るような白い肌。
 ──青い瞳。

 歩く人の中に紛れて。
 そしてその刹那の後、見失った。見失ったけれど。
 僕は走り出す。
 人の合間を縫って駆け抜けて行く。
 何処に行った? 何処にいる?
 無意識に僕は手を伸ばしていた。
 そして、その先に──。

「あ……」
「やっと、見つけた……!!」

 見間違えるはずがない、その少女を。小さく細く柔らかなその手首を。とてもとても華奢な、想像もできなかった程に華奢な手首をそっと、でも確かに、僕は握り、そっと、でも確かに、引き寄せる。
 急に引っ張られて、詰まるようによろめきながら、でも僕の前でゆっくりと立ち止まり、そして顔を上げて、僕の顔を、じっと見る。
 そうする彼女の顔を、僕はじっと見る。

 ──まるで、時間が止まったようだった。

 永遠にも思えるその一瞬の間、僕らはお互い見詰め合って、それから。

「帰ろう」
 微笑み、僕はそう言って。
「──うん!」
 彼女もそれに応えて。

 手首からゆっくりと、その掌へ指を滑らせて、僕は彼女の手をそっと握る。彼女もそっと握り返して。
 顔を上げると、地平線とも水平線ともつかない、真っ直ぐな線が、目の前にあった。
 僕らは、その「境界線」の方へとゆっくり歩いていく。
 決して近付かないそれは、だけどゆっくりゆっくりと目の前に近付いて来ているような気がした。なんとなく、なんとなく、そんな感じがした。

「ね」
 微笑み、彼女はそう尋ねて。
「んー?」
 僕はその先を促して。
「あれ、何て言うのかな?」
 僕は少しだけ考える振りをする。
「そうだね、不思議な線だから……」
 言いながら、ちら、と彼女に視線を向ける。正確には、彼女の頭を飾る、白いレースに縁取られた青いヘアバンドを。
 視線を向けられ落ち着かない彼女は、やっぱり彼女だった。妄想じみた非日常の世界で、そのそわそわとした少女の反応が妙に現実的で、僕にとってリアルで、少し落ち着くような心地がした。
 ぽん、と彼女の頭に手を置く。恥ずかしそうに俯くだけで、文句は何も言わない。軽く撫でて、手を下ろす。彼女は俯いたままで、だけど、ちょっとだけ幸せそうだ。
 僕は軽快に、彼女の問いに答えてやる。

「不思議と言えば、Alice。
 線……をBandと解釈するのはちょっと強引かな?」

 ──『AliceBand』。

 僕の答えに、彼女はそっと顔を上げて、
「ううん、素敵、だと思うよ」
 そう言って、微笑んで。

 境界の上に立つ。あと一歩踏み出すと、そこはいつもどおりの日常が待っていて。
 一歩引き返すと、幻想のみが漂う非日常がある、A線上。
 手を繋いで。

 ゆっくりと僕らは、日常に帰っていく。

 ──帰ったら、伝えたいことがあるんだ──
 ──えっ、なあに? きこえないよー?

 fin.


[PR]女性が輝く公文の先生募集中!:全国で教室開設説明会開催